「沖田さ~ん。お団子持ってきたよ……って、あれ?」
ある日の昼下がり。沖田さんとのお茶会の為にぐだぐだした一室へと足を運ぶと、約束の時間だと言うのに彼女の姿は見当たらなかった。
「おう、立香」
「土方さん一人ですか?珍しいですね」
代わりに一人、ちゃぶ台の前で腕を組んで何やら思案中の土方さんの姿があった。もう長い事そうしているのだろう、湯気の立たない冷えた湯呑みだけが、ちゃぶ台の上にぽつんと置かれていた。
「どうした。沖田に用か?」
「はい。おやつを一緒に食べよう、って約束してたんですけど……」
「あいつならついさっき出て行ったぞ。廊下で……会ってたら、一人じゃ来ねえよな」
「あはは、そうですね。すれ違ったみたいです」
「そうか。まあ、約束してたんならすぐ戻るだろ。座って待ってろ」
「じゃあ、失礼します」
携えた包みをちゃぶ台に置き、土方さんの隣の辺に腰を下ろす。向かいに座るのは、何となく憚られたからだった。
沖田さんが帰って来るまで世間話でもして時間を潰そうかとも考えたけれど、土方さんは考え事に戻ってしまったようで、腕を組んで瞳を閉じてしまっていた。部屋には時計の針がかちこちと動く音だけが響き、何だか疎外感を抱かせた。
「……なあ、立香」
そんな居心地の悪さと僅かな喉の乾きに耐えかねて、お茶でも汲んで来ようかと腰を上げかけた時、不意に土方さんが口を開く。
「はい?何ですか、土方さん」
「一つ、お前に聞きたい事がある。……沖田の事だ」
「沖田さんの……?」
「ああ。その、何だ。お前の気持ちを疑うつもりはないんだが……」
「……?」
眉間に皺を寄せ、一つ短く息を吐く。土方さん程の人が、どうやら柄にもなく緊張しているらしい。いつも以上に険しい顔つきと言い澱む様な口の動きに、自然と体が強張った。
「お前、本当にあいつの事が――」
何故だろうか。続く言葉が簡単に予想出来たのは。諦めと寂しさを湛えた彼女の瞳が、脳裏に浮かんだ。
いつの間にか握りしめていた拳を緩め、そして握り直す。
「あいつの事が……怖く、ねえのか?」
翳りのある瞳がじっとこちらを見据える。その言葉には、額面以上の何かがある気がした。
「…………まあ、怖いですね」
「……!」
少し巡らせて出した答えは、土方さんの予想する所と重なったのか、あるいはその逆か。何れにせよ彼はぴくりと肩を揺らし、その瞳を細く、鋭い物に変えた。
「彼女の事を知れば知るほど……どんどん好きになっちゃう所とか」
「……………………あ゛?」
一拍置いて続けた答えへの返答は、最早唸り声に近い低音とでも言うべきものだった。それに加えて、心底意味不明と言う様に深く皺の寄った眉間……どうやら対応を間違えてしまったらしかった。
「あ、あれー?面白くありませんでした?ちょっとしたジョークのつもりだったんですけど……」
「冗句だと……?おい、今は真面目な話をしてんだ。茶化すな」
「い、いやぁ、あはは……すみません。土方さんがあんまり怖い顔をするから、ちょっと場を和ませてみようかな、と。……ん?」
「……どうした」
「あ、いえ。何でもないです……多分」
誰かの気配がした様な気がして入り口を見遣る。けれど、少し待ってみても扉が開く様子はない。それどころか一瞬感じた気配もなくなった様で、単に通り過ぎただけだったのか、あるいはそもそも勘違いだったのか。おかしいなと小首を傾げ、土方さんへと向き直る。
「こほん。……大丈夫ですよ」
「その『大丈夫』ってのは……」
「勿論、土方さんの心配は無用、って意味です。沖田さんの事、怖いだなんて思いませんよ」
続きを促す様にじっとこちらを見つめる瞳を、気後れする事なく真っ直ぐに見返す。今度は冗談なんかじゃない、と確かな想いを載せて。
「確かに、沖田さんには無機質と言うか、冷たい部分があるとは思います。戦場で戦っている時なんかは、特に」
「……」
「でも、それだけじゃない。年相応の、可愛らしい普通の女の子らしい部分もあって……。何て言うか、どちらか片方の彼女とかじゃなくて、どっちも合わせた彼女を好きになったんです。そんな彼女の側に居たいと思ったんです」
己が敵と見定めた者には冷たく、無慈悲で。
けれどその一方で、日常では無邪気な可愛らしさを備え、朗らかで優しくて。
そして時折見せる、生前の後悔を持ち続ける程に弱い部分。そして、人斬りとしての自分を恥じる事も悔いる事も無く、けれどその身に向けられた人目を気にする程に脆い部分。
そんな彼女の有り様が、苦しくも愛おしくも感じられて。そんな彼女を、後悔と孤独の影に放ってはおけなくて。叶うのならば、少しでも支えてあげたい……なんて、少し傲慢な物言いかもしれないけれど。だとしても、彼女の側に、と思った心に嘘偽りは無い。
「もしかしたら、土方さん達の言う『沖田さんの怖い部分』にまだ触れていないだけなのかもしれませんけど……それでも、約束しましたから。俺は彼女の側を離れたりしません。だから、大丈夫ですよ」
『ここ(俺の隣)が沖田さんの新選組だよ』『私の『誠』はここ(マスターの側)にあります!』――かつて、土方さんを前にして交わしたそれは、あまりに短く、ともすれば小さな約束だったけれど。それでも確かに交わしたのだ。言葉と、そして心を。
「……そうか」
どことなく優しげな土方さんの声に、はっと我に帰る。何故だか余計な事まで喋ってしまったのに気付き、急速に顔が熱くなっていくのが感じられた。
「な、なーんて。俺は土方さん達みたいに一緒に戦えないし、側にいる以外何が出来るって訳でもないんですけど」
「……いや、それで十分だろ」
「え……?」
誤魔化すように笑顔を作って茶化してみせた所で、土方さんが小さな呟きと共に席を立った。
「悪い、ちょっと出てくる。沖田はその内戻るだろうから、ゆっくりしていけ」
「はい、そうさせてもらいます。……あ、湯呑みは俺が片付けておきますよ。どうせお茶を淹れに行きますから」
「そうか?悪いな」
元々少し乾いていた所にぺらぺらと喋り倒したのだから、喉が乾きを訴えるのも当然と言えば当然だった。逆らう理由もなく、土方さんの湯呑み片手に台所へ向かう。
「……あ!そうだ、土方さん!」
「どうした」
「今の話、沖田さんには内緒でお願いしますね」
「何でだ」
「それはまあ、ちょっと恥ずかしいって言うか照れ臭いって言うか……それに、やっぱり自分の口から伝えたいので」
「…………そうか。分かった、俺からは言わねえよ」
そう言って、その背中は扉の奥へと消えていった。返答までの微妙な間が気にはなるけれど、土方さんは約束を破るような人ではないし大丈夫だろう。
勝手知ったるものと茶葉に急須、湯呑みを揃え、二人分のお湯が沸くのを鼻歌混じりに待つ。
「……沖田さん、早く帰って来ないかな」
一人待つ事の存外長い時間にそう溢した直後、丁度お湯が沸いたようだった。
入り口で、扉の開く音がした。
「……だとよ」
背後で扉が閉まったのを確認してから、小さく溢す。返答の代わりに、くぐもった鼻を啜る音。ちらりと横目で伺うと、顔を膝に埋めるように、廊下で膝を抱える沖田の姿があった。
「良かったじゃねえか」
「……はい、っ」
「せいぜいしっかり捕まえとけ。あんなお似合いの綴じ蓋、今後見つかるか分からねえからな」
「っ、うるさい、ですよ。誰が破れ鍋ですか。……言われなくても、そのつもりです」
「そうか」
軽口に噛み付くようにばっとその顔が上がる。瞳に溜まった涙は今にも溢れんばかりで、しかし同時に喜びを隠しきれないその表情は。見慣れた顔に載せられた、その表情は、酷く……奇妙に映った。
「……ありがとうございます。土方さん」
「……」
ごしごしと涙を拭い、不細工な笑顔と共に向けられた言葉に、ふんと鼻を鳴らしてその場を後にする。
「近藤さんが知ったらどう思うやら……」
関係ねえか、と内心で独り言ちる。
背後では、扉の開く音がした。
21/04/19(月)23:30:52No.794483000
これは新撰組の頼れるオカン土方歳三
21/04/19(月)23:46:57No.794487774
なんて言うかこう…普段ぐだぐだしてるのに根底のところに重いものを抱えてる女の子とそれをきっちり受け止める男の子いいよね…
21/04/19(月)23:49:19No.794488474
帝都の沖田さんとか見てるとやっぱこの子こわ…ってなる
普段は可愛いのは間違いないけど
21/04/19(月)23:55:07No.794490124
いい…
21/04/19(月)23:59:30No.794491314
土方さんめっちゃ後方保護者面しててダメだった
21/04/20(火)00:02:48No.794492370
沖田さんはぐだぐだ勢増える度に気にかけられる回数も増えそうだから
そういう意味でも恵まれてると思う
21/04/20(火)00:05:08No.794493018
つまりぐだぐだイベのたびに後方保護者面が増える訳か…
21/04/20(火)00:14:27No.794495697
気遣いの達人かよ土方さん…
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悔しい…でも尊んじゃう…
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する(確信)
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あくまでも召喚しているのはカルデアだから、マスターを処するように伝えられたとして。
芹沢さんみたいに、あっさり快諾できるかな?
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