20/07/14(火)21:50:33No.708558033
「じゃあなーリツカー」
「寮には早めに帰るべきだぞ」
「わかってるってー」
先に帰り道へと向かった友人たちの姿が見えなくなるまで手を振って、それからはぁと息を吐き、もういるのは自分だけになったプールサイドを振り返る。
ここ数日、プールに友人たちと足を運んでは、例の幽霊が姿を表さないかとこっそり探してみてはいたのだが、雨どころか雲一つない快晴が連日続き、そろそろ目的が友人との思い出作りに切り替わりそうな頃合いだった。
天気予報でも不自然なほどに晴れが続き、夕立ちの恐れもないということで、この七不思議の調査は完全に行き詰まっている。
今日は友人たちに無理を言ってプールの解放時間ギリギリまで一緒に居残ってもらい、その上先に帰ってもらってまで残り続けていたのだが、広がっていたのは夕焼けに照らされた恨めしいぐらいに赤い空だった。
「まぁ、こんなものか」
そう一人呟いて、プールの脇にある更衣室に入った。
20/07/14(火)21:51:03No.708558226
誰もいない更衣室の中で服に着替える。人が多いと見られるかもしれないと自然に着替えが早くなるものだが、一人になるとそれはそれで急かされているように感じられて、急いで身支度を整えた。
ロッカーの中に入ったバッグに手をかけた瞬間、バッグのポケットが震え出した。
ポケットに手を入れて中に入ったスマホを取り出すと、シャルロットからの通話を知らせる画面が映っていた。
20/07/14(火)21:51:30No.708558397
「あ、もしもしシャルロット?」
「もしもし、リツカさんですか?今どこにいらっしゃるので?」
「プールだよ学校の。それがどうしたの?」
「どうしたもこうしたもありませーん!リツカさん!今日十分後からバイトのシフト入ってますよね!」
「あ」
一瞬、世界の時間が止まったように感じた。その後、一斉に全身の血が引き、そして一気に身体全体を血が暴走するかのように駆け巡り、身体が熱くなった。
「うわー!忘れてた!バイトの準備もしてないし、どうしよう。今から間に合うかな!?」
「うーんどうでしょう...あ、そうです!私バイト先に自転車で来たので今から迎えに行きますよ!リツカさんは準備をしてプール前で待っていてくださいね」
「わかった!ありがとうシャルロット!」
「いえいえ、日頃のお礼ですよマスター」
慌てて電話を切り、急ぎ足で更衣室の扉を開け━━
20/07/14(火)21:51:54No.708558590
外に出るや否や、頭から水を浴びた。
「うわっ!」
声を上げて更衣室に戻る。どうやら慌てすぎてプールへ向かう方の扉に出てしまったようで、開けたすぐそばにあるシャワーの水をしこたま浴びたらしい。
我ながら変なドジを踏んだものだと苦笑して扉を閉めようとして、しかしその手は扉を閉めることはなかった。
雨、雨、雨。
つい先ほどまで空を包んでいた血のように赤い夕焼けは既になく、重苦しいまで黒い雲が空を覆い尽くし、外に出ることも憚れるような雨と風がアスファルトを、壁面を、タイルを叩いた。
思わず唾を飲み込んだ。更衣室に入っている間、外で雨が降っているような気配など微塵も感じなかった。入る前もこれほどの雨を降らす雲など見えなかった。そも、これほどの雨ならシャルロットも軽く迎えに行こうなどとは言わないだろう。
なら、この雨は何らかの魔術によるものか。
どこか遠くで雷鳴が聞こえる。その瞬間、唐突にあの七不思議が頭に浮かんだ。
20/07/14(火)21:52:15No.708558731
外に出る扉を閉め、プールの方向へ踵を返す。プールへの扉に手を当て、ゆっくりと押し開いた。
こちらも酷い雨風がプールサイドや水面を叩いている。先程自分がいた時と見比べても異物はないように見えた。
━━ただ一つを除いては。
プールサイドのちょうど真ん中、プールの方向を向いて一人、誰かが立っている。
雨に打たれているはずなのに、風に吹かれているはずなのに、その髪も、服も、身体にもまるでその影響は及んでいないようだった。
怪我でもしたのか、その服は血で紅く染まっている。だけど、それをまるで意に介さずにその人は只管プールを眺めていた。
20/07/14(火)21:53:04No.708559051
不意に、自分の胸が苦しくなる。
目を逸らしたいはずなのに、彼女から目を離せない。
この場から離れたいはずなのに、自然と足は彼女へ向かう。
悲鳴を上げたいはずなのに、気づけば彼女に声をかけていた。
「大丈夫ですか?」
その声に気づいたのか、彼女はゆっくりとこちらを向いた。手を伸ばせば届く位置なのに、彼女の顔がわからない。目を見ればそれ以外が、鼻を見ればそれ以外が、口を見ればそれ以外が、闇に覆われたようにわからなくなる。それを繰り返して顔の全てを見ても、気づけば全てを忘れている。
20/07/14(火)21:53:23No.708559161
『貴方ですか?』
不意に、彼女の顔から声が漏れた。
『貴方が、そうなんですか?』
自分には何も答えられない。正解がわからないのも理由だったし、適当に答えるべきではないと思ったのも理由だった。
しかし彼女はそれ以上何も言わなかった。
沈黙が流れた。
それを破ったのは自分でも彼女でもない。
「マスター!」
そう背後から自分を呼ぶ声だった。
20/07/14(火)21:53:45No.708559306
「シャルロット...!」
振り返り、その名を呼ぶ。プール前に自分がいないのに気づき、プールの中まで探しに来たらしい。こちらに駆け寄ってくる彼女の顔は焦燥と安堵に満ちていた。心苦しかった自分の胸中にも安堵の気持ちが溢れてくる。
━━故に、それが致命的な隙となった。
20/07/14(火)21:54:05No.708559418
パシャン、と靴で水たまりを歩いたような音が真横で聞こえた。自然、そちらに顔を向ける。あの幽霊が隣に立っていた。その顔は真っ直ぐシャルロットに向き、迷いのない足取りで彼女の方へ進む。
その手には、凶悪に輝く一振りのナイフが握られていた。
「シャルロットッ!」
その名を叫ぶと同時に彼女に向かって走り出す。水音を立て、風に吹かれて不格好な姿で、彼女と幽霊の間に身体を投げ出す。
きょとんとした、シャルロットの顔で視界は埋まった。
20/07/14(火)21:54:26No.708559569
鈍い音が響いた。その直後、焼けつくような痛みが背中に走った。
「あ」
そう声を上げたのは誰だったか。
わからないままに地面に倒れ伏した。
「━━━━!」
誰かが何かを叫ぶ声が聞こえる。その直後、その誰かが自分の隣に同じように倒れたのが見えた。それが誰かもわからないままに伸ばした手は、雨とは違う何かに濡れた手に握られた。
その手で顔を無理やり空に向けられる。急速に黒に飲み込まれる視界の中、こちらを除く誰かもわからない誰かの顔が、少し笑っているように見えた。
20/07/14(火)21:55:48No.708560153
━━━━『Bad End』
初日は戻ります。
誰かの声が聞こえる。
『幽霊には専門家を。ただ一人だけでは無謀だ』
20/07/14(火)21:58:10No.708561121
バッドエンドの途端筆がのるのはどうなのかと自分に対して小一時間説教したいです
20/07/14(火)21:58:28No.708561234
>初日は戻ります
翡翠ちゃんポイントゲット!
20/07/14(火)22:00:06No.708561949
雨中の血濡れの娘…
20/07/14(火)22:00:15No.708562012
>バッドエンドの途端筆がのるのはどうなのかと自分に対して小一時間説教したいです
わかるよ…
20/07/14(火)22:06:10No.708564338
シャルロットに自分の前で死なれるより
自分が庇った方が…って思っちゃって悪い傷の連鎖になってると思う
20/07/14(火)22:08:29No.708565344
今日は辛い怪文書ばかりだ…
20/07/14(火)22:11:15No.708566432
前編はすごく明るくかわいい話だったし…!
20/07/14(火)22:24:30No.708571403
翡翠ちゃんポイントを得るとどうなる?
…
20/07/14(火)22:28:02No.708572684
>翡翠ちゃんポイントを得るとどうなる?
知らんのか
洗脳探偵が増える
20/07/14(火)22:28:07No.708572715
>翡翠ちゃんポイントを得るとどうなる?
誤字を増えます
20/07/14(火)22:31:09No.708573895
なんか皆して今日BADENDブッこんでない!?
20/07/14(火)22:33:23No.708574787
>なんか皆して今日BADENDブッこんでない!?
そろそろ一度挟んでおかないと後のハッピーエンドが引き立たないからな
そうきっとハッピーエンドが来るはずだ
20/07/14(火)22:34:01No.708575037
>なんか皆して今日BADENDブッこんでない!?
自分はマンドリカルドでハッピーエンドしたから許されたな
20/07/14(火)22:44:54No.708579576
エロモンはヒント役なのか道場担当なのか
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ありがとうね!
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汝は虚淵!罪ありき!(バッドエンド症候群的な意味で)
アリエス
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