1578837191675

20/01/12()22:53:11No.654372067

それなりに数をこなし、閻魔亭での業務にも慣れてきた頃。少し遅めのお昼休みを貰ったので一息つこうかと自室へ帰る途中、そろそろと背後で誰かが動く気配に振り向く。

「……何やってんのさ、沖田さん」

「ぎくっ……」

柱の陰に身を隠し、しかし飛び出たアホ毛が自己主張。頭隠して何とやら。

「え~っと……お、お疲れ様です、マスター」

あははと誤魔化すように笑って手を振りながら沖田さんが姿を現す。普段の快活さはどこへやら、あまり元気がなさそうな様子。

「元気ないね。温泉の掃除、そんなに疲れた?」

ヒートアップした枕投げは危険な領域へ突入し、遂には部屋を破壊してしまう――というのが昨日のハイライト。その罰として、彼女達(ぐだぐだ組)は温泉の掃除を命じられていた訳だが、如何せんあの大きさでは人手が足りなかったのかもしれない。

「いえっ、そんな事は決して……!サーヴァントである私達にかかれば、あの程度は何のその!」

ぱたぱたと腕を振り回し、その元気さをアピール。少なくとも空元気の類ではなさそうで一安心。

 

 

 

20/01/12()22:53:26No.654372155

「ただ、お正月温泉旅行のはずが、まさかマスターにご迷惑をおかけしてしまうなんて、と……それだけが気掛かりでして……。

普段からご迷惑をおかけしていたり、私個人だと『病弱』の所為で思うようにマスターのお役に立てなかったりで、サーヴァントとして立つ瀬がないと言いますか、マスターに合わせる顔が無いと言いますか……」

「あはは。そんな事、心配しなくても大丈夫だよ、沖田さん」

「マスター……!」

何でもない事のように、気にしていない風に――実際、そこまで気にしてはいないけれど――笑ってみせれば、ぱあっと花が咲いたような笑顔を返してくれた。やはり彼女はこうでいてくれないと。

「他にも迷惑なお客さんはいるからね」

「マスターっ!?

が、それはそれとして笑顔でばっさりと斬り捨てる。マスターとして言うべき事は言っておかねば他のサーヴァント達にも示しがつかないし。うん。

「やっぱり私達の事、迷惑だって思ってるんじゃないですか、うわ~ん!」

是非もなし。

 

 

 

20/01/12()22:53:36No.654372234

「うぅ……でもでもっ、ちゃんと温泉のお掃除は終わらせましたからっ!」

「お。偉い偉い」

少しからかうついでに、丁度良い高さにある頭を撫でる。さらさらとした髪からは心地良い手触りと温もりが伝わって、ずっと撫でていたい気分。

「えへへ~……って、私は子供じゃないんですよっ」

そう言う割には頬は緩んで上機嫌そう……などと言えば更に面倒になる事請け合いないので、口には出さずに生暖かい視線を返してそっと手を離す。

「真面目に手伝ってくれたのは私オルタと坂本さんぐらいでした……。他の皆さんも手伝ってくれて良いと思うんですけどね……」

「へぇ……そうなんだ?」

坂本さんが真面目に風呂掃除をしているのは想像できるけれども、魔神さんが……。何だか意外。広い温泉にはしゃいでいそうなものだが。

 

 

 

20/01/12()22:53:51No.654372337

「ノッブなんか火種を撒くだけ撒いて、自分は全然手伝わないで遊んでいるんですよ!?信じられます!?

なーにが敦盛ですか!ロックですか!誰のせいで苦労してるのか分かってるんですかこんちくしょー!絶対許しませんよ、あの第六天魔王ー!」

放っておけば際限なくヒートアップしそうな雰囲気。流石に他のお客さんの迷惑なので止めざるを得ない。

「ま、まあまあ……落ち着いて、沖田さん。ここ廊下だから、ね?」

再び彼女の頭を撫でる。何と言うか、駄々をこねる子供をあやしているみたいだ。些か拗ねたような視線が送られてくるが別段嫌がる様子もなく。取り敢えず落ち着いてはくれたようなので、そっと手を離す。

「……あ、そうそう。それで今、紅閻魔さんを呼びに行くところでして。掃除を終えて良いか、見てもらおうかと」

「女将を?う~ん……多分、今はそれどころじゃないんじゃないかな……」

「……?」

 

 

 

20/01/12()22:54:07No.654372437

「――と言う事で、ちょっとお風呂場を見てもらいたいんですけど……」

厨房の入り口から女将にこれまでの経緯を簡潔に説明する……と言うのも、沖田さんと一緒に厨房に入ろうとしたら仲良く怒られてしまったため。衛生管理って大事。

「見に行きたいのは山々なのでちが……」

件の女将からは、想像に違わず難色を示された。ちらと見遣った先には大量の食材。サーヴァント達で大繁盛な閻魔亭は、普段よりも料理の仕込みや食材の調達で大忙し。会話の途中でもその手を休めないとくれば、誰だって一目瞭然だろう。

 

 

 

20/01/12()22:54:24No.654372527

「――こら、そこっ!手を止めちゃだめでち!」

「みこーんっ!?

不意に鋭い眼光と共に怒声が飛ぶ。ぴしっと指差した先では、玉藻が料理の下ごしらえをしていた。こちらの様子を伺うためにほんの僅か、手を止めたのだろう。それを見逃す女将ではなかったらしい。

……よくよく見れば、心なしか尻尾の艶が落ちているような気がする。どれだけ酷な職場なのだろうか。労いの為、休憩時間になったらお揚げでも持って行く必要がありそうだ。多分、それも夜遅くの事なのだろうけど。

「……とまあこの通り、猫の手も借りたい忙しさなのでち。だから、温泉のチェックは後回しにせざるを得ないのでち……」

 

 

 

20/01/12()22:54:35No.654372607

「それじゃあ、俺が見てきましょうか?」

「頼めるでちか……?」

「勿論。俺だって閻魔亭の従業員ですから」

ちょっと意外そうにこちらを見返す女将に対し、どんと胸を叩いて少し戯けて笑ってみせる。

「わかったでち。それじゃあ、よろしくお願いするでち」

笑顔を見せた後、但し、任せるからにはしっかり確認する事、と釘を刺される。こういった抜かりのなさは、流石女将と言った所だろうか。

「じゃあ行こうか、沖田さん」

「はいっ!」

 

 

 

20/01/12()22:54:48No.654372658

「こちらです、マスター。一応の体裁は整っていると思いますが……大丈夫そうですか?」

「ん~……」

つい数刻前までとは見違えるほどきれいな浴場。彼女達の頑張りが窺い知れると言うもの。一通り見て回り、軽く触ってチェックもしたが特に気になる点はない……と思う。

「取り敢えずは大丈夫そうだね。でも、一回お湯を張ってみるのがいいかな。実際に使う状態にしてみないと分からないこともあるだろうし」

「それもそうですね。……そうだ!折角ですし、休憩がてら入っていかれては?ご迷惑をおかけしたお詫びと言っては何ですが、お背中をお流ししますから!」

「いやあ、それは流石に――」

 

 

 

20/01/12()22:55:03No.654372751

「――いいでちよ。実際に使ってもらう方が隅々までチェックできまちからね。お湯も手配しておくでち」

「えっ」

「今の時間、忙しいのは厨房だけでち。厨房の手伝いもできないのに居られても困るでち」

「えっ」

「そう言う訳でちから、今はゆっくりするといいでち。……どうせ夜になれば否が応でも忙しくなるでち」

「えっ――」

 

 

 

20/01/12()22:55:29No.654372924

――かぽーんと何処かで聞いたような音。あれやこれやのとんとん拍子、身に着けたるは手拭一つ。流されるままに石畳の上。

「まあ、これから流されるのは俺の背中なんですけどね」

ぽつりと呟いた言の葉は、応える者もなく虚空に消えた。我ながら上手い事を言ったものだと思ったけれど、冷静になると案外そうでもなさそうだ。

「ぅ、あぁぁ~……」

軽く体を流してから温泉に入る。少し熱いくらいの温度だが、むしろそれくらいで丁度いい。全身から疲労が溶け出すようで気持ちよさに思わず溜息が漏れ出てしまう。ちょっと年寄りみたいだな……なんて苦笑い。

 

 

 

20/01/12()22:55:46No.654373032

「……っとと。お仕事お仕事……」

しかし、のんびりとお湯に浸かっている時間はない。これはあくまでも仕事の一環だし、何時沖田さんが背中を流しにくるとも知れないからだ。何やら準備があるらしくて少し遅れるとは言っていたが、出来れば彼女が来るより先にやるべき事は済ませておきたい。

多少行儀は悪いが温泉の中を泳いで移動する。効率よく移動するためなのでマナー違反は大目に見てもらおう。……それはそれとして、貸し切り状態という優越感も相まってかなり楽しい。温泉最高。

 

 

 

20/01/12()22:55:57No.654373094

「湯船で泳ぐのはマナー違反ですよ、マスター?」

粗方チェックし終えたちょうどその時、入口の方からはちょっと呆れたような声が聞こえた。結構離れた場所だが、彼女の元気な声はよく通る。

咎める人があれば、流石に泳ぐ訳にもいかず。お湯の中で立ち上がり、一歩一歩、声のする方へ。

「いやぁ、これにはちょっと訳が、あっ……て……」

顔を上げて彼女に応えるけれど、その途中で言葉を失ってしまった。何故なら――

 

 

 

20/01/12()22:56:23No.654373234

「?どうかしましたか、マスター?」

――彼女は、一糸まとわぬ姿でそこに立っていたからだ。

いや、正確には首元から太腿までタオルで覆っているものの、てっきり襷掛けでもしてくるのだとばかり思っていたところにそんな格好をお出しされては最早裸も同然。四肢は元より、拘束具(着物やサラシ)から解き放たれた自己主張の激しいカラダを隠すにはタオル一枚というのは余りにも心許無く、色々なモノが見えそうに――

 

 

 

20/01/12()22:56:39No.654373329

「――はっ!?あ、えっ、ごめんっ!」

彼女の姿にほんの僅か目を奪われてしまったものの、その姿を見ないように顔を伏せて直ぐ様しゃがみこむ――この時ばかりは、普段から露出の多いサーヴァントたちに感謝。おかげで少しは耐性が付いていたようだ。

「いきなり謝ったりしてどうしたんです?おかしな人ですね」

バスタオル一枚の姿をばっちりと見られたというのに、その声は至って平静。およそ、普段の彼女からは考えられない。……いや、もしかすると知らなかっただけで、『そういう事』には大らかなのか?生前は男所帯だったと言っていたし、ある程度耐性があるとか……あるいは、時代の違いによる価値観の違いとか?

 

 

 

20/01/12()22:56:53No.654373406

「……って言うか、そんな格好してるのさ!?

「折角なので私も入ろうかな~と思いまして」

何を咎める事があるのかと言わんばかりに自然な声。こちらがおかしいのだろうかと錯覚さえさせる。顔を上げればきっと、きょとんと首を傾げている彼女が映る事だろう。……それ以外のモノも目に入りそうなので伏したまま続ける。

「入るって……ここ、男湯なんだけど!?

「どうせマスターしかいないでしょう?」

「いや、だから俺がいるのが問題なんだって……!」

「あ、お背中を流すのは後でもいいですよね?まずはゆっくり温泉を楽しみたいですし」

「俺はどっちでもいいけど。……じゃなくて!」

「では、隣に失礼しま~すっ♪」

「俺の話を聞いて!?

 

 

 

20/01/12()22:57:14No.654373528

「ああ、そうそう。タオルを湯船に浸けるのは、マナー違反でしたね」

「っ――!?

その言葉に思わず仰ぎ見る。その行動はおよそ紳士的ではなく、咄嗟に顔を背ける――否、背けようとして、失敗した。それも当然で、この状況で顔を背けられる程の強靭な意志があったなら、そもそも最初から見遣ってなどいなかっただろう。

まだ早いとは分かっていても、動かせない視線。スローモーションの世界の中、ゆっくりと落ちていくバスタオル。その下に隠されたカラダは――

「な~んちゃって♪」

 

――純白の水着に、包まれていた。

 

 

 

20/01/12()22:57:29No.654373612

「………………は、ぁ……?」

「どうです、マスター?ちょっとドキドキしちゃいました?」

態とらしく科を作っては勝ち誇ったような、満足気な笑顔。まんまと一杯食わされたのだと気付くのにしばしの時間を要し、同時に、天を見上げては大きく、深く、息を吐く。それは安堵であり、同時に隠し切れない落胆でもあった。

「いやぁ、一度やってみたかったんですよね、この悪戯。大変面白い反応が見られて沖田さんは大満足ですっ」

「はぁ……。念願の水着で嬉しいのは分かるけど、俺で遊ばないでよ……。土方さんとかにやればいいじゃん」

隣に腰を下ろした彼女はくすくすと笑う。それに対して口では文句を言ってみるけれど、実際の所、その笑顔が見られるのなら多少の悪戯には付き合わされてもいいか、なんて思える程度には絆されてしまっていて。彼女もそれは分かっているようで、むしろ甘えるように頭を預けてくる。さらりと流れた髪が肩の辺りを撫で、妙にくすぐったい感覚を残した。

 

 

 

20/01/12()22:57:43No.654373703

「土方さんはどうせ私の事はアウトオブ眼中ですし、坂本さんやダーオカも論外ですし?他に悪戯をかけられるような間柄の人もいませんしね~」

「だったらそもそも悪戯なんかしない、っていう発想に至って欲しかったかな……」

「成る程、それは盲点でした」

その返答に、仕方ないなぁ、なんて静かにため息をついて遠景を見やる。彼女もそれに倣えば、二人きりの温泉は途端に静かな空間へと変わった。

今の時節なら雪景色の温泉と言うのも乙なものだとは思うが、そこは緑溢れる閻魔亭、見渡す限りに湯気以外の白は無く。しかし、遠くに見える青々とした山が絶景を作っている。青空でも十分綺麗だが、夕暮れ時や星空なんかは筆舌に尽くしがたい物であるに違いない。惜しむらくは、その時間帯は勤務中なので今回は堪能することができない事だろうか。

「はぁ……。こういうの、いいなぁ……」

「えぇ……。そうですね……」

 

 

 

20/01/12()22:58:07No.654373873

「……そうそう。さっきの話ですけど」

「うん……?」

「あんな悪戯……立香さん以外には、しませんからね」

「……そっか」

「そうですよ」

「そっかそっか……」

「……」

「顔、赤いよ?」

「っ……ちょっと逆上せただけですっ」

「そう?なら、ちょっと早いけど上がろうか。沖田さんの体調が心配だし」

「……立香さんは、時々意地悪ですよね」

「これはただの意趣返しだよ。……もうちょっとゆっくりしていこうか」

「はいっ」

 

この後、予定よりも長く休憩してしまって女将に怒られるのだが……それはまた、別のお話。

 

 

 

20/01/12()23:07:48No.654377168

力作過ぎる...好きだよこういう爽やかなの

 

 

 

20/01/12()23:14:58No.654379694

アプローチをかけられる沖田さんは良いものだ

 

 

 

20/01/12()23:29:27No.654384832

良き…